武家時代でも領主の権力がどうすることもできなかった根強い族長で、また系譜を尊ぶ封建時代には領主もシャッポをぬがざるを得ぬ名門であり豪族であった。
したがって、多久家の本家というものは、部落に於ては領主以上のもの、神様のようなものだ。
こういう豪族の生態には古代の族長制度の頃の感情のようなものが生き残っていて、本家と分家に甚だしい差があり、同じ兄弟でも本家の嫡男たる兄と、分家すべき弟にはすでに雲泥の位の差があること、生れながらにして神たる兄とその従者たる弟のような育てられ方をするものだ、ということを忘れてはならない。