同じ分家の家柄たる水彦のところでは木々彦が長子で上がないから、姉の場合は分らないが、父の水彦がわが子を木々彦様と呼びはしない。
してみれば、多久家の分家に長男を様づけにするという定まった家法があるわけではないのだろう。
万事洋風をまねたがるハイカラ時代ではあったが、水彦様が特にハイカラをとりいれている様子もほかに見当らないから、父母がわが子を文彦様とあがめるのは、なんとなく異様である。
同じ分家の家柄たる水彦のところでは木々彦が長子で上がないから、姉の場合は分らないが、父の水彦がわが子を木々彦様と呼びはしない。
してみれば、多久家の分家に長男を様づけにするという定まった家法があるわけではないのだろう。
万事洋風をまねたがるハイカラ時代ではあったが、水彦様が特にハイカラをとりいれている様子もほかに見当らないから、父母がわが子を文彦様とあがめるのは、なんとなく異様である。