隣家の水野左近は維新までは三千六百石という旗本の大身であった。
彼の祖先は代々相当の頭脳と処世術にたけていたらしく、今日で云えば長と名のつく重役についたことはないが、局次長とか部長という追放の境界線のあたりで、人目にたたずにうまい汁を吸うのが家伝の法則の如くであったという利口な一家。
維新の時にも左近はちょうど休職中で、ために人目にたたずに民間へ没してしまった。
隣家の水野左近は維新までは三千六百石という旗本の大身であった。
彼の祖先は代々相当の頭脳と処世術にたけていたらしく、今日で云えば長と名のつく重役についたことはないが、局次長とか部長という追放の境界線のあたりで、人目にたたずにうまい汁を吸うのが家伝の法則の如くであったという利口な一家。
維新の時にも左近はちょうど休職中で、ために人目にたたずに民間へ没してしまった。