たとえば、井戸の水音のとき、イナズマに照しだされたのは二人の男の姿であったということと、料理屋でアイビキしていたのは由也氏と三枝子さんらしいということと、どうして二ツが関係したり組み合う必要があるのでしょうか。
イナズマが照しだしたのが二人の男の姿なら、その男が誰と誰か、それを究明することだけがその事実と組み合っているヌキサシならぬことではありませんか。
あなた方はメガネの主をつきとめ、その男が現にメガネを紛失していたのを突きとめながら、紛失したメガネが母里家の泥だらけのフトンの間から出てきたのはナゼであるかをどうして追求なさらなかったのでしょうか。