明治の新聞をコクメイに調べれば、第一号を突きとめるのは不可能ではなかろうが、その名が喧伝されていないのは、その手口の発見が教祖の名にかなうほど卓抜なものと認定されないせいかも知れない。
なるほど、そう云えば、遠い国から志を立ててケゴンの滝や三原山へ身を投げに行く人はあるが、鉄道自殺の方はその土地に有り合せだから、これで間に合せようという性質のもので、汽車の通らぬ山奥の人が、オレはどうしても鉄路を枕に死にたいと云ってハルバルでかける性質のものではないらしい。
現代人は自殺好きだが、昔の人は自殺ギライである。