自分の作は他日国宝になるものだ、というのが彼の口癖であったというが、その実は、彼は建築について完全に無学であった。
筋も根拠もないことを言いまくるが、彼のコツは相手を見くびって何物も怖れぬということで、素人相手の談議だから、それで通用して、むしろ高く評価されていたそうだ。
私が小田原にいたころは彼の仕事をした棟梁(そのころは小僧だ)が生きていて、一パイ飲み屋で問いもせぬのに時々昔話をきかされたものだ。
自分の作は他日国宝になるものだ、というのが彼の口癖であったというが、その実は、彼は建築について完全に無学であった。
筋も根拠もないことを言いまくるが、彼のコツは相手を見くびって何物も怖れぬということで、素人相手の談議だから、それで通用して、むしろ高く評価されていたそうだ。
私が小田原にいたころは彼の仕事をした棟梁(そのころは小僧だ)が生きていて、一パイ飲み屋で問いもせぬのに時々昔話をきかされたものだ。