ところが、ここに奇怪なのは、他家へ進物した中にも、本宅に残った中にも毒茸は存在しなくて、向島の寮へ届けた小量の中にだけ毒茸が混入していたのである。
そこで、京都の松茸の売店も、それを買ってきた二助にも罪がなく、松茸の荷を解き、いくつかに分けて、向島へ届けるのはこれと定まってから、それが向島に届くまでの間に何者かが毒茸を入れたのだろうと考えられたが、それが手から手へ渡る途中には怪しい事実を確認することが全く不可能であった。
山キは喜兵衛の先代が秋田の山奥から出てきて築いた屋台骨であるが、したがって先代以来、ここの番頭は主として秋田生れの者を使っていた。