おまけに近来鼻下にチョビヒゲをたくわえるに至った。
パチンコに凝るとか競輪に凝るというのもこれも始末にこまるであろうが津々浦々に同類があまたあってその人間的意義を疑られるには至らないが、当年三十八の人生案内狂、ついにチョビヒゲを生やすという存在はいかにも奇怪だ。
二人の子供を抱え、無一物の中であせらず慌てず人生案内に没頭しているバカらしさ薄汚さ、どうにも次第に薄気味わるくなるばかりで、わが家に近づいてシキイをまたごうとするとゾオッと寒気がする。
おまけに近来鼻下にチョビヒゲをたくわえるに至った。
パチンコに凝るとか競輪に凝るというのもこれも始末にこまるであろうが津々浦々に同類があまたあってその人間的意義を疑られるには至らないが、当年三十八の人生案内狂、ついにチョビヒゲを生やすという存在はいかにも奇怪だ。
二人の子供を抱え、無一物の中であせらず慌てず人生案内に没頭しているバカらしさ薄汚さ、どうにも次第に薄気味わるくなるばかりで、わが家に近づいてシキイをまたごうとするとゾオッと寒気がする。