物覚えの悪い僕は物の二時間とたたぬうちに其の朝発足した、とある停車場への戻り道を混がらがせてしまったのですが、根が無神経な男ですから、ままよ、いい処が見つかったらその瞬間から其処へ住んじまえばいいんだ、住むのは身体だけで事足りる筈なんだからとそう決心をつけて、それからはもう滅茶苦茶に歩き出したんです。
ところが案外なもので(えてして僕のやることは失敗に畢るものですから)、見はるかす武蔵野が真紅に焼ける夕暮れという時分に途方もなく気に入った一つの村落を見つけ出したのです。
夢ではないかと悦んで思わず快心の笑みを洩して居りますと村端れの一軒に突然物の破ける音がして、やがて荒れ狂う木枯にふわりと雨戸が一枚倒れるのを見ましたが、次の瞬間には真っ黒な塊が弾丸のように転げ出て、僕の方へまっしぐらに駈け寄ってくるのです。