これは要するに全く逃避的な態度であって、この態度が成り立つ反面には、人間の本道が肉や慾や死生の葛藤の中にあり、人は常住この葛藤にまきこまれて悩み苦しんでいることを示している。
ところが「枯淡なる風格」とか「さび」とかの人生に向う態度は、この肉や慾の葛藤をそのまま肯定し、ちっとも作為は加えずに、しかも自身はそこから傷や痛みを受けない、ということをもって至上の境地とするのである。
虫がいいという言種も、このへんのところへ来ると荘厳にさえ見えるから愉快である。
これは要するに全く逃避的な態度であって、この態度が成り立つ反面には、人間の本道が肉や慾や死生の葛藤の中にあり、人は常住この葛藤にまきこまれて悩み苦しんでいることを示している。
ところが「枯淡なる風格」とか「さび」とかの人生に向う態度は、この肉や慾の葛藤をそのまま肯定し、ちっとも作為は加えずに、しかも自身はそこから傷や痛みを受けない、ということをもって至上の境地とするのである。
虫がいいという言種も、このへんのところへ来ると荘厳にさえ見えるから愉快である。