ところが「枯淡なる風格」とか「さび」とかの人生に向う態度は、この肉や慾の葛藤をそのまま肯定し、ちっとも作為は加えずに、しかも自身はそこから傷や痛みを受けない、ということをもって至上の境地とするのである。
虫がいいという言種も、このへんのところへ来ると荘厳にさえ見えるから愉快である。
「枯淡なる態度」が煩瑣を逃れて山中へでも隠れ孤独を楽しむというような、単に逃避的なものであるならまだ許せるが、現世の葛藤をそのまま肯定し、しかも自身はそこから傷も痛みも受けないという図々しい境地になると、要するにその人生態度の根幹をなすところの一句は、自らの行うところに悔いをもつべからずということである。