自らの行うところを善なりとか美なりと強調しない代りには、悪なり醜なりと悔いないところにこの態度の特質がある。
自らの行うところは人にも之を許せというと、ひどく博愛にきこえるが、事実はさにあらず、これほどひねくれたエゴイズムはある筈はないし、自分にとって不利な批判的精神というものを完全に取りさろうというのだから、これほど素朴であり唾棄すべき生き方は他にない。
人生の「枯淡なる風格」とは自らに悩みの種の批判的精神を黙殺することによって生れた風格に他ならない。
自らの行うところを善なりとか美なりと強調しない代りには、悪なり醜なりと悔いないところにこの態度の特質がある。
自らの行うところは人にも之を許せというと、ひどく博愛にきこえるが、事実はさにあらず、これほどひねくれたエゴイズムはある筈はないし、自分にとって不利な批判的精神というものを完全に取りさろうというのだから、これほど素朴であり唾棄すべき生き方は他にない。
人生の「枯淡なる風格」とは自らに悩みの種の批判的精神を黙殺することによって生れた風格に他ならない。