悔ゆべきところに悔いを感じまいとする毒々しい虫のよさもさることながら、他人に許されるために他を許そうとする、こういう子供同志の馴れ合いのような無邪気な道徳律が、恰も人生の最深処の盛観を呈しているのが阿呆らしいのだ。
枯淡というと如何にも救われた魂を見るようであるが、実は逆に最も功利的な毒々しい計算がつくされている。
小成に安んじ悩みのない生き方をしようと志す人々にとって、枯淡の風格がもつ誤魔化しは救いのように見えるかも知れぬが、真に悩むところの魂にとって、枯淡なる風格ほど救われざる毒々しさはないのである。