彼の持ち前の峻烈な自己批判によって、その童貞主義者流の醜怪さが多少救われていると思わしめるほどの曲りくねった筆力はあるにしても、所詮は、貧弱な肉体の情慾が醜く猛獣の性慾が壮観である底の架空なパラドックスを弄してひそかに慰めるに過ぎなかったのだ。
痴人語夢の一篇が即ちこのパラドックスを根幹にした作品であって、自らの逃避性にも倦怠した正宗氏が、せいぜい猛獣の壮観的景気をつけるべく色気をだしたのであろうが、結局まことに地についた肉の悩みとは縁遠い、空虚な想像された人生の断片をのぞかせてくれたに過ぎなかった。
徳田秋声氏「旅日記」(文芸春秋)は冒頭に述べた「枯淡なる風格」的文章の代表的なものである。