痴人語夢の一篇が即ちこのパラドックスを根幹にした作品であって、自らの逃避性にも倦怠した正宗氏が、せいぜい猛獣の壮観的景気をつけるべく色気をだしたのであろうが、結局まことに地についた肉の悩みとは縁遠い、空虚な想像された人生の断片をのぞかせてくれたに過ぎなかった。
徳田秋声氏「旅日記」(文芸春秋)は冒頭に述べた「枯淡なる風格」的文章の代表的なものである。
ここでは枯淡ということが、隠すべからざるところにも目を掩い、悩むべきところにも悩むまいとする毒々しさと、全く同義である。
痴人語夢の一篇が即ちこのパラドックスを根幹にした作品であって、自らの逃避性にも倦怠した正宗氏が、せいぜい猛獣の壮観的景気をつけるべく色気をだしたのであろうが、結局まことに地についた肉の悩みとは縁遠い、空虚な想像された人生の断片をのぞかせてくれたに過ぎなかった。
徳田秋声氏「旅日記」(文芸春秋)は冒頭に述べた「枯淡なる風格」的文章の代表的なものである。
ここでは枯淡ということが、隠すべからざるところにも目を掩い、悩むべきところにも悩むまいとする毒々しさと、全く同義である。