「通」という言葉は江戸の文人が愛好した言葉であり、一体に日本文学の伝統的気風は、いい加減の頃合いをみて切りよく引きあげ、義理にも納まろうという、意気な心掛けを見せるところが理想らしい。
現今生活しにくい時世がきて各人相当ニヒリストになりながらも、ニヒリストなみの「通」だけは忘れないところが不思議である。
正宗白鳥氏であったか、日本人が和臭を嫌うのは不当であると言われていたようだが、和臭といっても、古人の文章に匂っている斯ういう「意気な心掛け」を嫌うのであってみれば、尤も千万なことだと思わずにいられない。