陰にこもったところがない。
子供や女房にパパとよばれても人ごとのようにサラサラしていて直接肌にさわられるようなイヤらしさがなくてよかった。
けれども、なにぶん五十にもなって生れてはじめて使いはじめた言葉であるから、使う方でも全然実感がわかないのである。
陰にこもったところがない。
子供や女房にパパとよばれても人ごとのようにサラサラしていて直接肌にさわられるようなイヤらしさがなくてよかった。
けれども、なにぶん五十にもなって生れてはじめて使いはじめた言葉であるから、使う方でも全然実感がわかないのである。