子供や女房にパパとよばれても人ごとのようにサラサラしていて直接肌にさわられるようなイヤらしさがなくてよかった。
けれども、なにぶん五十にもなって生れてはじめて使いはじめた言葉であるから、使う方でも全然実感がわかないのである。
父がパパで、母がママだというのは英語の本を読む時には間違う心配がないものだが、さて当人が日常実用するとなるとそうはいかないもので、自分のことをママと云ってしまったり、女房をパパと云ってしまったりで、混乱してしまう。
子供や女房にパパとよばれても人ごとのようにサラサラしていて直接肌にさわられるようなイヤらしさがなくてよかった。
けれども、なにぶん五十にもなって生れてはじめて使いはじめた言葉であるから、使う方でも全然実感がわかないのである。
父がパパで、母がママだというのは英語の本を読む時には間違う心配がないものだが、さて当人が日常実用するとなるとそうはいかないもので、自分のことをママと云ってしまったり、女房をパパと云ってしまったりで、混乱してしまう。