従而純粋文学と通俗文学を区分するところの一つの重大なる相違は作者の作家的懊悩が習慣の上にとまっているか、或いは習慣の埓を踏み破ろうとしているかにあると見ても差支えないと私は思う。
先般の新聞紙上で横光利一氏が今年の傑作は通俗小説の中から現れるだろうというようなことを言われているが、これは上述の通俗性の本質をはきちがえた見解ではあるまいか。
思うに横光氏は読んで「面白い」小説の中から傑作が現れるという意味で、この面白い小説を通俗小説と称ばれたのではないかと考える。
従而純粋文学と通俗文学を区分するところの一つの重大なる相違は作者の作家的懊悩が習慣の上にとまっているか、或いは習慣の埓を踏み破ろうとしているかにあると見ても差支えないと私は思う。
先般の新聞紙上で横光利一氏が今年の傑作は通俗小説の中から現れるだろうというようなことを言われているが、これは上述の通俗性の本質をはきちがえた見解ではあるまいか。
思うに横光氏は読んで「面白い」小説の中から傑作が現れるという意味で、この面白い小説を通俗小説と称ばれたのではないかと考える。