彼の日本文学の教養とその甚しい日本趣味とのため、人々は多く彼の懊悩の世界まで古臭いように考えがちであるが、彼の懊悩の世界は全く我々の時代まではなかったところのものである。
彼の書く主人公は惚れないうちから諦めているというような、然しそんな尤もらしい恋愛事情なぞとは無関係に、もともと恐ろしい孤独感の中にいる。
去年「紀元」に発表した「鋸の音貧し」という作品の中で、主人公は隣の部屋から洩れてくる愛すべき若夫婦者のなんでもない話声をきいているうちに、むろんそれが原因ではないが、急にふらふら立ち上り、縄を吊してどうやらもぞもぞと首をくくろうとしはじめる。