江戸川乱歩、木々高太郎氏等でも、むろん僕では太刀打はできないけれども、平野謙の方が犯人を当てる率が多いと私は思う。
これは作家と批評家との根柢的な相違があるので、作家というものは常々自分自身で何かを編みだす立場だから、公式をはみだしていつも可能性の中を散歩している。
江戸川乱歩氏は大勉強家で古今東西の探偵小説に通じているけれども、公式で割切ることが根柢に失われていて、いつも無限の可能性の中にいる筈と思われる。
江戸川乱歩、木々高太郎氏等でも、むろん僕では太刀打はできないけれども、平野謙の方が犯人を当てる率が多いと私は思う。
これは作家と批評家との根柢的な相違があるので、作家というものは常々自分自身で何かを編みだす立場だから、公式をはみだしていつも可能性の中を散歩している。
江戸川乱歩氏は大勉強家で古今東西の探偵小説に通じているけれども、公式で割切ることが根柢に失われていて、いつも無限の可能性の中にいる筈と思われる。