批評家は本来公式で割切る人であり、特に平野名人の如く、系列だの分類というものが生れついて身についている特異体質の悪童は、可能性などという余計な邪魔物に全然患わされるところがないから、黙って坐ればピタリと当てるというように、犯人を当ててしまうのである。
この犯人の当てっこをやって私が驚いたのは、日本の作家の作品には、このゲームに適する作品が全然ないということだった。
ミステリイの要素が主で、推理は従である。
批評家は本来公式で割切る人であり、特に平野名人の如く、系列だの分類というものが生れついて身についている特異体質の悪童は、可能性などという余計な邪魔物に全然患わされるところがないから、黙って坐ればピタリと当てるというように、犯人を当ててしまうのである。
この犯人の当てっこをやって私が驚いたのは、日本の作家の作品には、このゲームに適する作品が全然ないということだった。
ミステリイの要素が主で、推理は従である。