寺には龍然のほかに使用人も無かつたし、その龍然とも必要のない限りは顔を合はさずにも暮すことが出来たし、顔を合したところで、龍然の方では凡太を別に客らしい意識では待遇もしなかつたので、食事なぞも好きな時に台所へ探しに行ければそれでよかつた。
時々むしろ龍然の方で、彼が遊びに訪れたやうな顔付で凡太の離れを訪問するが、実際それは拵へ物でも謙譲でも、まして卑屈でもなく、第一凡太にしてからがその時は龍然の方が遠路の客人であるとしか考へられないのであつた。
二人は寝転んだまま何の話も交へないで、ただ漫然と二時間三時間を過すこともあつたが、出発する前に予想したやうな退屈や気づまりは全く感ずることも無かつたし、そのうちに二人とも睡り込んで、やがて一方が目を醒して散歩に出てしまふと、間もなく一方も目を醒して、がらんとした寺の空虚を噛みしめながら、初めから自分一人で其処に寝てゐたやうに考へながら自分の営みに立ち去つてしまふ。