それだけの話で、かなり長い後まで、女の名前は勿論、女の顔さへ見知ることなく過してゐた。
さういへば、一度だけその後姿を見かけた黄昏があつた。
それは二人が打ち連れて間道を抜けながら隣字の温泉――といつても一軒の宿屋が一つの湯槽を抱えてゐるにすぎないのであるが――へ浸りに行く途中のこと、丁度本道と間道との分かれ路にあたる鬱蒼とした杉並木で、本道を歩いて村へ帰る束髪にした女人の大柄な形をみとめたのであつた。
それだけの話で、かなり長い後まで、女の名前は勿論、女の顔さへ見知ることなく過してゐた。
さういへば、一度だけその後姿を見かけた黄昏があつた。
それは二人が打ち連れて間道を抜けながら隣字の温泉――といつても一軒の宿屋が一つの湯槽を抱えてゐるにすぎないのであるが――へ浸りに行く途中のこと、丁度本道と間道との分かれ路にあたる鬱蒼とした杉並木で、本道を歩いて村へ帰る束髪にした女人の大柄な形をみとめたのであつた。