ただ一人ぼんやりと夜を迎へたら、蜩と共にとつぷり落ちた夜の太さに堪らない気持がして、かねて馴染の居酒屋へ酔ひに行こうかとも思案したけれども、尚満ち足らぬ気持があつたので、凡太はガランとした本堂へ意味もなくぐつたり坐り込んでゐた。
燈明を点してみたり、又一度坐り直して暫らくして、又立ち上つて冷い床板をぐるぐる歩き廻つたりしてゐるうちに、橄欖院呑草居士といふ位牌を一つ、もう埃にまみれてゐるものを見出したのであつた。
彼はぢつと考へて、又一度坐り直したが、いつの間にやら夢の心持で、経文を唱へはぢめてゐた。