もはやその時それは一種の夢にちがひない、突然開かれたその門を茫漠と歩いてゐるうちに、凡太は彼の一生に於て、恐らくは最も孤独な、あらゆる因果を超越してただ寂漠と迫まつてくる一つの虚無――、何か永劫に続いてゐる単調な波動を、やりきれぬ程その全身に深々と味つてしまふのであつた。
暫くして彼はその状態から覚醒しはぢめるとき、まづ何事か熱心に暗中模索を試みる情緒の蠕動を感じて、やがてしんしんと澄みきつてゐる白板の中へ次第にありありと現像する外界を漸次再認するのであつたが、彼はこの夜もその同じ過程を経過して、漸次現実の静寂が耳につきはぢめてくると、其の時その静かな夜気の中にふと湧き出でて次第に波紋を拡げてゆく狂燥な笑ひ声を鋭く耳に聴いた。
しかし彼は、この覚醒の瞬間に於ては、もはや絶対に物に驚くといふ心情を消失してゐる習慣であつたから、泰然として蟇のやうに蹲くまりながら、ぢつと下から由良の顔を見上げた。