いや、別なことを考へはぢめたと言ふよりは、何も考へない思惟の中絶へ迷ひ込んだと呼ぶ方がむしろこの際又しても正しいのであつた。
凡太はこの数年来、常に現前の事実には充分に浸ることが出来なくて、全てが追憶となつてから、その時の幻を描き出してのち、はぢめて微細な情緒や、或ひは場面全体の裏面を流れてゐた漠然たる雰囲気のごときものを、面白く感じ出す不運な習慣に犯されてゐた。
ありていに言へば、この男は如何なる面白い瞬間にも、それに直面してゐる限りは常に退屈しきつてゐて、今のことではない、その昔経験した一場面の雰囲気へ、何時ともなしにぼんやりと紛れ込んでしまつてゐる。