それから、思ひ切つて金比羅山を振り棄てると、いま登つてきた坂道をすたすたと黒い黒い塊の中へ速足で下りはぢめたが、自然の加速度で猛烈な速力となり麓までは夢のうちに降りたまま、麓でも止まることが出来ずに次の坂道へ十歩ほど余勢で駈けてほつと止つた。
凡太は其処から、何の気もなく今駈け降りた山を振り仰いだが、もはや群衆の喚声もさだかではなかつたし、燈火も無論洩れ落ちては来ない、ただひたひたと流れるやうな哀愁が、深い一種の気分となつて彼の胎内を隈なく占領してゐた。
凡太はそれにぢつと浸りながら、本街道に沿ふて平行に流れてゐる暗い嶮しい間道を伝ひ、ひつそりと音の落ちた山を二つ越えてから本街道へ現れてみると、もう黒谷村の家並を遠く通過して、熊笹ばかり繁茂した黒谷峠のただ中へ、間もなく迷ひ込むばかりの、そんな地点に当つてゐる憂鬱な杜だつた。