凡太は狂喜して駈け寄り、「僕も乗せて呉れたまへ」と提議したが、鉢巻姿の若衆は「お主は酔つておいでだから、それはなりませんぜの」と押し止めておいて、臭いガソリンの香を落したまま闇にすつぽり消えてしまつた。
凡太は暫く呆然として、消え失せた自動車よりも、突然目の前に転落した闇と孤独にあきれ果てたが、気を取り直し、低く遠く落ちてゆく自動車の響きをも振り棄てて、金比羅大明神の参道をえいえいと登りはぢめた。
嶮しい杉並木の坂も中頃で、凡太はつひに足を滑らしてけたたましく数間ばかり転落したが、もう起き上る気持には微塵もならなかつたので、しんしんとして細くかぼそく一条の絹糸程に縮んでゆく肉体を味はひながら、皮膚に伝ふ不思議に静寂な地底の音に耳を傾けてゐると、山の上から人の近づく気配がした。