嶮しい杉並木の坂も中頃で、凡太はつひに足を滑らしてけたたましく数間ばかり転落したが、もう起き上る気持には微塵もならなかつたので、しんしんとして細くかぼそく一条の絹糸程に縮んでゆく肉体を味はひながら、皮膚に伝ふ不思議に静寂な地底の音に耳を傾けてゐると、山の上から人の近づく気配がした。
凡太は頸をもたげてそれを待ち構えてゐたが、それはしかし人間ではなく、叢の中を何か動く昆虫の類ひであらう、やがて高く頭上に当つて、杉の葉の鈍く揺れる澱んだ風音がした。
彼はもつくり起き上つた、そして遂ひに辛酸を重ねて金比羅大明神の境内へ辿りつくと、果せるかな、それも已にひつそりとした闇の一部に還元してゐて見えるものも聴えるものも無かつたが、流石に地肌に劇しい荒れが感ぜられて、ことに円舞の足跡が鮮やかな輪型に描き残されたまましきりに其処にはたはた揺らめいてゐるやうな、何かなつかしい匂ひが鼻にまつわつた。