県内でも屈指の豪農であつたから、新聞社などはいち早く口止がきいてゐて、龍然に与へられた多額な布施の如きにも、それに対する心持が含まれてゐた。
その男は多少は学問もした人で、数年間欧羅巴へ遊学して来たりなぞした経歴を持つてゐたが、日頃無為の境遇に倦怠して激しい虚無感を懐いてゐた。
「自分のやうな無為の存在は結局一匹の守宮ほどもこの世界とは関係を持たないらしい、広々とした建物の中にぢつと坐つてゐると、其処に人間が居るのだか居ないのだか、まるきしその気配さへ分らないし、たとへ其処に居るとは分つても、人々はこの建物に当然の染ほどにしか考へない、守宮を発見した時のやうな賑やかな騒しさでは誰も自分の存在を問題にすることがない。