やがて自分は死ぬであらうが、自分の死滅したのちもこの古い厳めしい建物はなほ厳然と存在してゐて、人々は尚その中に住み乍ら、むかしこの建物の中に自分といふ存在が染のやうに生きてゐたこと、今は已に消滅して見当らぬことなどを考へる者もなく、第一その話を思ひ出してさへ、かつて自分が存在したゞらう確証を認識するにさへ困難して苦笑するであらう。
いはば自分は死の中に生き続けてゐるやうなもので、結局生命にひけめを感じながら、生きてゐる限りは存在に敗北しつづけてゐるやうなものだ……」と、その男は結局これと同じ内容のことを種々な様式によつて常日頃龍然に述懐してゐたが、時々は興奮して、ひと思ひに左翼へ走つて自分の生命力を爆砕したいなぞと猛り立つたりした、そんな淋しい男だつたさうである。
その男は、ほかに親しい友達が無かつたのであらう、死に当つて龍然にも遺書を残してゐた。