すると突然大変な物音が隣室に湧き起つたので思はず彼は唐紙から身を離すと、それは丁度発狂した男がその最初の発作に発するであらうやうな激越を極めた金切声で、疑ひもなくそれは龍然の叫喚であつたが、龍然は単に叫喚するばかりではない、恐らくは部屋一面を舞台にして縦横無尽に地団太踏んでゐるものらしい猛烈な物音であつた。
聴いてゐると、しかしそれは単なる叫喚ではない、たしかに龍然としては何事か一意専心演説を試みてゐるものに相違ない、それが今迄演説とは気付かなかつたのはあながち金切声のせいばかりではなく、正気できいたら噴き出さずにはゐられぬやうな支離滅裂を極めた句と句の羅列であつたからで、「大日本帝国は万世一系の……」と言つてゐるかと思ふと、「ああ拙僧の名誉も地に落ちたり、忠君愛国のほまれも空し、ああ悲しい哉……」「印度に釈迦瞿曇生誕してここに二千有余年――」等々々。
凡太は一体龍然の学識には相当の敬意を払つてゐたのだつた。