凡太も坂下の方を見下すと、叫ぶよりも前に龍然の手から投げられてゐた下駄が、女衒には当らずに、一本の杉の幹に痛々とした跡を残して、尚ころころと一二間ころげて止まるのが見えた。
女衒は腰を浮かせて逃げかけたが、龍然の気配に追求のないのを見てとると、卑屈にねちねちした度胸を見せて、知らぬ顔を粧ひながら麓の方へすたすた降りていつた。
流石にその日龍然は、息の乱れを収めてもとの顔付にもどるまで十数歩の歩行を要したが、それも収まると、また超然とした残骸に還元して、一方の足は跣にしたまま長い坂道を傾きながら歩いた。