「昔」を負うて孤独の路を喘いでゐる僕は乾涸らびた朽木のやうな侘びしさに溺れてしまふ。
顳顬に凍てついた古い昔の襤褸をほぐす、丁度あのノウノウとした反芻動物のやうに、僕はウラウラとした海岸のベンチや、たまさかに翳りの深い樹の下で、一つづつ食べ直すものの如くに襤褸をほぐすのが日課であつた。
母を憎む扼腕の瞿曇(それも今は愛誦すべき聖典の類ひか――)、同じ少年を乗せて飴色の広野を走る汽車の窓、黄昏の紫陽花色の雲のさ中を長々と横ざまに這ふ一匹の小蟹が見える、何時の頃何処の記憶か知らないが、半ば崩れた白壁に一つ裸木の物倦げな影が、秋も深く闌けてゐる、いろいろの顔やいろいろの女、古い埃に煤けほうけて沸沸と浮んで消える映像の中に、やはり鮎子の面影が黴に煤けて一瞬空を掠めて通る。