誰の物とも思へない不思議に低い笑声が、僕の喉から可笑しなハズミで転げ出て行く、僕は慌てて口を開けるが、喉を駈け出る笑ひの煽りは北風のやうに冷く白い、壁に虚しく木霊した空洞な音はまるで凋んだ風船のやう、部屋の中空をフワフワと浮いて、閉ざし忘れた僕の口へ波紋を描いて戻つて来る、僕は頬つぺたを膨らませて、物も思はず、それをモクモク呑み干してしまふ。
夜の酒場で、其処でも僕は、怒つたやうな顔貌を崩すことが出来なかつた。
見知らない人達の多くの顔が正面の鏡に居流れて、強い体臭を放ちながらそれぞれの営みを示威してゐるが、近頃僕はそれらの顔に恐怖も羨望ももはや感じはしなかつた。