僕は僅かに心を動かす、暫くは動かずにゐて、僕の黴た靴先へ潤んだ眼差を落しながら、冷えた自分の心臓へ、たとへば一から十の数へ、暫く計測の耳を澄ますが、やがて又、鈍く硬い心になつてフヤケた白色を呑み込んでしまふ。
僕は項垂れて扉を開ける、扉を閉ぢる僅かな時に僕はチラリと空を偸む、寒々と白くぼやけた雨雲が僕の額に一杯煙る、死んでもいい、何処へ行くのだか知らないが、僕はとにかく出発しやう……僕は何んだか自棄まじりにイヤに大袈裟な決心をする、すると何んだか自棄まじりの熱い涙がこみあげさう……しかし僕は何も考へずに、だから別段泣き出しもせず、杖を振り振りただスタスタと雨の中へもぐり込む。
僕達は、永い間、切札のやうに一つの言葉を用ひ合つた。