この家の主人野越与里、野越総江の両名は、篁の深い沈黙に於てのみ夫婦喧嘩を試みる居常の習慣也と思はる。
思ふにそれは、老いたる母への気兼ねから此の篁へ隠れ去るものとも推定されるが、又何等かの由来があつて、此の篁と其の争論と、彼等の心に密接な共鳴作用を起すものかも知れなかつた。
まことに、野越与里、野越総江の口論は、恰も村の往還を日日通ふ幌馬車のやうに、律儀頑固な鉄則を以て定められた晴れたる朝の合唱であつた。
この家の主人野越与里、野越総江の両名は、篁の深い沈黙に於てのみ夫婦喧嘩を試みる居常の習慣也と思はる。
思ふにそれは、老いたる母への気兼ねから此の篁へ隠れ去るものとも推定されるが、又何等かの由来があつて、此の篁と其の争論と、彼等の心に密接な共鳴作用を起すものかも知れなかつた。
まことに、野越与里、野越総江の口論は、恰も村の往還を日日通ふ幌馬車のやうに、律儀頑固な鉄則を以て定められた晴れたる朝の合唱であつた。