といふことにあつた。
何か珍奇な出来事に突き当れば良いが――さう思ひ乍ら朝朝出発するのだが、時時何か愉しげな街頭の人群に出会つたりすると、むしろ其れを憎むやうに慌ただしく行き過ぎてしまふ、どういふ理由かと言ふに、どういふ理由だか自分も知らないのである。
彼は多忙な事務家のやうに急ぎ足で其処を通り過して、何でもない路傍の日蔭や日向で長いことボンヤリ休息してゐたり、或る時は又人群から程離れた塀や電柱に凭れて、ただ何といふこともなく黒い塊りの動きを眺めてゐたり、軒並の門札毎に小頸をかしげて「乃木太郎氏」を探し乍ら歩いたりザッとそんな風に歩いてゐた。