その寺は丁度嶮しい坂路の途中に位し坂の下から坂の上へ、其処ら一帯の地域が欅や松や椎なぞの鬱蒼とした喬木林に圧し包まれて、しんかんと冴えた昼時のしづもりに人の心は医し難い一種の旅情を、恰も遍路の人のやうに甦らせる場所であつた、一つにはさういふ雰囲気の所為もあらう、又一つには其れが寺院であるために比較的恥を伴ふ率が少い、そんな理由もあつたのであらう、その日、この突然な衝動は極めて自然に駄夫の全部を占領して、彼ははや咄嗟に足を山門へ向けて静かな街道を逸れてゐた。
「放浪の旅の者で御座います、一飯の喜捨と一夜の饗応にあづかりたい――」哀れげに声を落して斯う申し出るつもりであつた。
彼は咄嗟に逆上して、自棄まじりに泣き出したい程もしやくしやし乍ら、捨身のやうな小走りとなり已に山門に片足を掛けた途端であつた。