墓地の四辺を取り囲む深い木立は皆一様に蒼空高く梢を窄めた、欅、樅、樫、ポプラアの類ばかりで、又中に侘しげな柿があり無花果があつた。
彼はただ足の行くままに目当もなく、墓地の片隅から発足して墓石の文字を一字づつ在るがままに読みつぶしては歩いてゐたが、時々気に入つた墓を見出す度毎に、自分の親しい知人達を一人づつ静かに其処へ埋葬して、それはそのまま忘れたやうに其処へ埋めて歩いて行つた。
「刈田伝二・行年七十二」彼はさういふ墓の下へ、昔は一しきり足繁く往来し合つた一人の老人――今も尚矍鑠として死ぬ色もない漁色家の老いたる友を埋めてしまつた。