或る朝ふと目を覚したら、その日は直ぐと階段の降り口に、それ故丁度沓脱のあたりであらうか、殆んど枕の横手あたりに聴きとれるほど程近い階下にあたつて、与里の一家は癇高い叫喚を張り上げ乍ら口論に耽つてゐた。
それでは今朝は斯の争論の喧しさに起されたものかと思ひ、其の儘それに吸はれるままに何気なく耳を澄してゐたら、その時癇高い音声は殆んどぢかに駄夫の耳もとに鳴り響くにも関らず唯ガヤガヤ意味を持たない一聯の音響に聴きとれたばかりで、それの意味を打ち消してしまふほど戸外は更らに猛烈な風雨が荒れてゐた。
繁吹をあげてザザザザーッ……と頭を揺すぶる竹藪の音が、激浪のやうに荒れ狂ふ裏手一帯の劇しい起伏を未だ一杯に温気の籠めた朝の部屋に歴々と描き出して見せてしまふ、かと思ふと、突然硝子を射抜くやうな太く真つ直な雨脚がヂヂヂヂヂイーと一頻り窓に噛みつくのであつた。