「至らない女だから……」と、駄夫に向つて言つてゐるかと思ふと、ツと腕を差し延して――明るい部屋へ戻つてきてボンヤリ坐つてゐる多次郎の頭から、まだ脱ぎ忘れてゐる帽子をヒョイと取り上げて、すぐ立ち上つて其れを柱へ掛けてやり、ついでにヒョコヒョコ歩いて行つて、少しばかり開いてゐる台所の障子をカチンと締めたかと思ふと、何食はぬ顔をして静かに元の坐へ戻り、懐中から手拭ひを取り出して厭に光沢のある額を丁寧にぬぐつてゐる。
恐ろしくコセコセした、恐ろしくこまめな、どうもよく気のつく男である。
玄也の妻君は――つまりワイフのことであるが、名を紅子と言ひ(どうやら之は玄也の好みに順つた変名らしい臭みがするが……)二十二三と思はれる温和な婦人であつた。