そして暫くジッとして煤けた壁に凭れたまま指をしやぶり、ボンヤリ鍋を視凝めてゐたが――駄夫はその目に姿のみえぬ泪があると想像した。
しかし駄夫はその感傷に格別心も動かさず、鍋と総江の間を抜けて麗かな戸外へ――井戸端へ立ち出でた。
心静かに洗面して戻つてきたら、其の時も矢張り炊事に専念してゐた総江は忙しげに盤台の上へ跼んで――その実は何んでもない何物かをいぢくり廻してゐただけのことだが、恐らく駄夫の戻るのを待ち構へてゐたのであらう、しかし決して駄夫の方を見やうとはせず故意に空々しい様子をして「いいお天気ねえ――」と呟くやうに言ふのであつた。