それはある軍人の家族、というよりもむしろ遺族、の住んでいる家でした。
主人は何でも日清戦争の時か何かに死んだのだと上さんがいいました。
一年ばかり前までは、市ヶ谷の士官学校の傍とかに住んでいたのだが、厩などがあって、邸が広過ぎるので、そこを売り払って、ここへ引っ越して来たけれども、無人で淋しくって困るから相当の人があったら世話をしてくれと頼まれていたのだそうです。
それはある軍人の家族、というよりもむしろ遺族、の住んでいる家でした。
主人は何でも日清戦争の時か何かに死んだのだと上さんがいいました。
一年ばかり前までは、市ヶ谷の士官学校の傍とかに住んでいたのだが、厩などがあって、邸が広過ぎるので、そこを売り払って、ここへ引っ越して来たけれども、無人で淋しくって困るから相当の人があったら世話をしてくれと頼まれていたのだそうです。