流石に勧進元の婆さんは蔵書の数でも大関で数十冊とあり、運転する書籍の大部分は此処から出てゐたが、結局婆さんは借金で首の廻らないことになり、蔵書を売り払つてしまひ、界隈はとみに淋しい思ひをしたりした。
「あたしやウメボシだからね、こんな本は惜しいとも何とも思やしないけど――」と婆さんは長屋中にふれ歩いて買ひ手を探したものであつたが、何分にも言ひ値が方途もなく高すぎて長屋うちには買ひ手がつかなかつた。
「お隣りの娘なんざ顔を真赤にして喰ひつくやうに読んでたんぢやないか、へそくりで一冊でも買ふがいいや」と婆あは憎まれ口を叩いてゐたが、一番買ひたさうだつた一組の若夫婦、これが界隈で最もむさぼり読んだ口だが、やはり貧乏で買えなかつた。