当節の暮しにくい世相の話と、旦那様の生きてゐた頃の追憶と、そして、それから金光教の信心話だ。
今朝は倅に何処をひつぱたかれたとか、本郷の金光教会までは電車賃でも拾四銭は必要だし、御供物もあげねばならず、教会の親切な書生さん方へお茶菓子も買つてあげたいから、どうしても一円五拾銭はかかるのに、茶箪笥へ仕舞つておいたら倅の奴が浚つて逃げた――。
すると急に、私の苦りきつた真つ暗な顔をうかがつて、団子坂の菊は豪勢なものであつたとか、昔の吉原の道中は、又新橋はと、遂に徳川家康の話へまで移るうちに、先年亡くなつた娘の思ひ出を語りはぢめて――本当に利発な、そして母親思ひの愛らしい子であつたのに、もし今も尚健在であつたなら、この温和しい戸張さんと、どんなに似合の夫婦であらうか――臨終に紅葉のやうな(――彼女は必ず執拗に此の形容を忘れなかつた)可愛いい手を合せて、あたしの魂はお母さんに乗移つて何時までも何時までもお護りしておりますよ、お母さんを幸福に導いてあげますよ……と、声も科も幼い少女のものを真似て、果てはオロオロと泣き伏してしまふのである。