すると急に、私の苦りきつた真つ暗な顔をうかがつて、団子坂の菊は豪勢なものであつたとか、昔の吉原の道中は、又新橋はと、遂に徳川家康の話へまで移るうちに、先年亡くなつた娘の思ひ出を語りはぢめて――本当に利発な、そして母親思ひの愛らしい子であつたのに、もし今も尚健在であつたなら、この温和しい戸張さんと、どんなに似合の夫婦であらうか――臨終に紅葉のやうな(――彼女は必ず執拗に此の形容を忘れなかつた)可愛いい手を合せて、あたしの魂はお母さんに乗移つて何時までも何時までもお護りしておりますよ、お母さんを幸福に導いてあげますよ……と、声も科も幼い少女のものを真似て、果てはオロオロと泣き伏してしまふのである。
すると、さうこうする中に、お弟子さんが詰めかけて来て、彼女はツと階下の気配へ耳を欹てたかと思ふと――決して挨拶の言葉すら返すまいとするかのやうな苦りきつた私に向つて、彼女も亦決して聞き取れる言葉では別れの挨拶を述べやうとせずに、再びあの、立ち現れた時の、朦朧として夢のやうな顔、形をして、戸口の向ふへ消えて行つてしまふのである。
すると忽ち階下から、お嬢さん、大変姿勢が悪うござんすよ、もつとお嬢さんらしく、グッと斯う気取つて……と、まるで違つた音声で言つてゐるのが聴えてゐる。