しかし、私は、殆んど旅の経験を持たない人間であつたので、汽車に乗ること、見知らない土地へ向つて一人走り去ることの心細さや、旅先での様々な煩瑣な心遣ひのことなぞが、私を重たくして、私はそれを考へることも寧ろ好まないやうであつた。
そして私は、この単純な白漆喰に取り囲まれて、簡潔な、直線的な医療機械に護られてゐると、凡有る蟠まりを発散して、白痴のやうにだらしなく安心したい気持になつた。
時々、私の顔はだらしなく夏のさ中へ溶け込もうとし、私は、睡むたげな空気となつて、蝉のやうなヂンヂンを唸り出したい幻覚に襲はれるのであつた。