何故ならば、この真白な診察室にも矢張り、夏は訪れてゐて、細長い南の窓から、翳りの深い、脂ぎつた夏の樹と、泌みつくやうな濃厚な空が、その葉を越えて展らけてゐた。
不図した些細なハヅミに由つて、私の凭れる廻転椅子は、睡りのやうにユラユラと滑り出しさうになり、そして、白い空虚な部屋の中には、此処にも矢張りもんもんと滾る蝉の音が木魂してゐた。
扨て、一定の時間が来て、(朝の十時がその時である――)、愈々私は出発しなければならない時がくると、私は、出掛けるにはまだ少し早すぎる時間であると考へてみたり、何かしら満ち足りない気持がして、又暫くは窓に凭つて外の風景を眺めたり、懐を探つてみたり、そして静かに倒れ伏したりするのであつた。